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西行撰集抄
半紙本 9巻合5冊
(小林文庫 913.41/Sa)

区切り
「挿絵画家、西鶴」  西鶴は器用な人で、絵をよくした。絵俳書、俳諧の自画賛、それから処女作『好色一代男』をはじめとする自作の浮世草子のうちのいくつかに、ユニークな絵を残した。この『西行撰集抄』の挿絵も、独特の画風から西鶴の手になるものと推定される。  『撰集抄』は西行に仮託された中世の説話集で、江戸時代には西行の作と信じられた。西鶴同世代の芭蕉の愛読書でもあった。掲出の図版は、西行が高野山で死者の骨から人造人間を作るという不思議な話。その他の挿絵の中には、西鶴と同時代の風俗で描いたものが見られる。そのことは、古典を過去のものとして突き放すのではなく、何かしら同時代的な文学として享受していたことを如実に物語っている。  本書は貞享4年(1687)5月、大阪の河内屋善兵衛という版元から刊行された。この河内屋は『往生要集』(貞享2)・『小学句読』(貞享2)・『科註妙法蓮華経』(貞享3)・『盂蘭盆経疏新記』(貞享3)・『平家物語』(貞享3)・『近代艶隠者』(貞享3)の刊行書が知られるが、このうち『近代艶隠者』は西鶴門人西鷺の作で、本文の版下も挿絵も西鶴が書き与えている。西鶴と親しい版元であったらしい。  実は大阪の出版の歴史は浅く、始まってからこの時点でまだ十数年しか経ていない。出版のメッカ京都に比べてひどく劣勢であった。それがこの時期、京都に対抗するかのように、『太平記』『平家物語』『沙石集』等々、過去に京都で刊行された古典類が盛んに大阪で刊行される。この『撰集抄』大阪版の背景にもその流れがある。  ところが結局、大阪の地での古典刊行は成功しなかった。そして、大阪の出版界は新作の実用書および西鶴本を軸に発展するに至るのである。そのように、大阪の出版界の動向と西鶴とは密接な関係にあった。